当事者意識を育て、社員の人生を変える

株式会社アジアンテック CEO チュオン・ディン・ホアン氏

組織に人材はいても、チームで協働し、顧客が満足する結果を出せる人材が少ない。そんな課題に頭を抱える方も多いのではないだろうか。特に、人材の流動性が高い海外においては、優秀な人材を獲得することは難しく、ポテンシャルの高い人材をいかに育成し、継続的に働き続けてもらうかが企業の成長に大きく関係する。

例えば、近年コスト削減やエンジニア不足を背景に、海外にシステムやアプリの開発を委託するオフショア開発が急速に広がっているが、業務のサイクルや変化が激しいオフショア開発においては、顧客のイメージ通りに不備なく期限内に納品できる人材がいればいるほど、企業としての競争力は高まる。

2013年に創業し、2015年5月にモンスター・ラボと資本提携したベトナムのオフショア開発会社アジアンテックも、設立から2年で社員数は200人へと急成長し、優秀な人材の育成に課題を抱えていた。しかし、代表取締役のチュオン・ディン・ホアン(Truong Dinh Hoang)氏は日本でエンジニアとして働いた経験を生かし、当事者意識を持つ社員を育成することで、優秀な人材を育成し、彼らが新たな人材を育成するというサイクルを確立した。その結果として、近年では顧客からの信頼を獲得し、継続案件をもらうことが増えたという。「当事者意識を持って仕事に取り組む人材」を育てる仕組みについて、ホアン氏に話を伺った。


日本で働いた経験を活かした会社作り

Q. ホアンさんの起業に至った経緯について教えて下さい。

私はベトナムの大学在学中に日本へ留学し、その後日本で就職しましたが、最初から起業しようとは考えておらず、漠然と「多くの人の役に立つサービスを作りたい」と思っていました。日本のシステム開発会社に就職し、様々な企業でシステム開発を行う中で、新たな開発言語を習得できた一方、自分の作ったサービスを使うユーザーの声を聞くことができなかったので、6年後に転職しました。転職先では開発の企画から携わり、実際に自分が作ったプロダクトへの反応を感じることができました。その後、自分で作ったアプリが軌道に乗ったこともあり、母国に戻り起業しました。

Q. 日本での経験は、今の会社に何か影響していますか。

日本での自分が働いた経験を活かし、会社を経営する上で2つ意識したことがあります。1つは、ベトナム人を理解することです。近年多くの日本企業がベトナムにオフショア開発拠点を作っていますが、自国のやり方で進めるため、多くのベトナム人が企業から離れています。ベトナム人は真面目で勤勉ですが、内向的で、日本のように人前で怒られることに慣れていません。上司と部下の関係においても、部下が上司との距離を感じてしまうと、信用されてないのではないかと不信感を募らせることもあります。こういった特徴を活かし、日本とベトナムの両方の良さを取り入れています。

もう1つは、社員の幸せを重視することです。電車でぐったりしていたり、毎日疲れた顔をしていたり、日本の働き方はとても幸せとは言えませんでした。人によって幸せの定義は異なりますが、少なくとも自分が好きな仕事をしていれば幸せだと思います。そのためには、自分を理解し、自分が何が好きかを明確にすることが大切です。環境やタイミングによって、価値観は変わっていくので、その都度自分がしたいことを意識できる環境作りを心がけています。社員数をただ増やすのではなく、社員全員が幸せな状況になるよう組織を拡大しています。当社では社員が働く理由を明確にし、向上心を持って働くことができるよう採用と育成、キャリア形成にこだわりを持っています。


2ヶ月の研修を行い、成長した人材を採用する

Q. アジアンテックの採用で特徴的な点を教えてください。

一番の特徴は、新卒の応募者全員に対して面接や書類選考に入る前にエンジニアリングのスキルや仕事の進め方について2ヶ月の研修を行い、その後一次選考を行うことです。研修を行うトレーナーを50名規模で専門組織化し、また50名収容可能な研修室を今年開設しました。研修ではアンドロイドやWebデザインなど個々人が身に付けたいスキルを選び、実践レベルでの技術を中心に教えます。

研修の評価は、研修を通じて行った開発への貢献度を、仕事に取り組む姿勢と、評価担当者と他の応募者からの評価を合わせた360度評価の2つで評価しています。今年は200名の応募がありましたが、4 回に分けて全員に研修を行い、明確な合格ラインをクリアした60人を採用しました。


自分の言葉で語ることで当事者意識を作る

Q. 社員の育成で大事にしていることを教えてください。

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社員が理想とするキャリアや背負っている仕事を自分の言葉で語ることで、当事者意識を持たせています。語る機会は、全社ミーティング、業務のフィードバック会、採用での会社説明の3つがあります。毎月行う全社ミーティングでは、幸せに生きるためのマインドセットやキャリアの描き方について私が話したり、社員が発表します。これは、仕事とは全く無縁で、自分のキャリアや生き方について集中的に考える場です。社歴や年齢に関わらず、自分の決意や目標を発表することで、本人の自覚が高まるだけでなく、他の社員に勇気や刺激を与えることができます。

また毎週月曜日の午前中は、それぞれプロジェクトチームを超えてランダムにチームを作り、自分の業務や課題について現状共有し、相互に質問やアドバイスをします。自分の業務を自分の言葉で語ることで、責任感が生まれ、他者からフィードバックをもらうことで新しい視点や気づきを得ることができます。

マネジャーはこれらに加えて、採用の場において会社の理念や行動指針、事業内容などを語ります。会社が大切にしているものを自分の言葉で話すことで、自分が会社を背負っているという意識が高まります。自分のこと、自分の仕事、自分の会社と話す対象を大きくすることで、自分が責任を感じる範囲を大きくすることができます。


明確なキャリアパスと実践で当事者意識を持ったマネジャーを育てる

Q.マネジャーの育成と評価はどのように行っていますか。

この会社を支えてくれる優秀なリーダーやマネジャーの育成に注力しています。当社では、最初はエンジニアとしてキャリアをスタートしますが、ある程度キャリアを積んだ段階でテクニカルリーダーとビジネスマネジャー、技術特化のエンジニアの3つに分かれて、それぞれ細かくキャリアと業務内容が設定されています。マネジャーやシニアマネジャーとして経験を積めば、最終的には子会社の社長になる事も可能です。

エンジニアチームを束ねるテクニカルリーダーと、事業をまとめ顧客との関係を構築するビジネスマネジャーは、部下を持ってチームで結果を出す要となる存在なので、彼らを対象にソフトスキルの研修を行っています。ホーチミンの有名な講師を呼び、コーチングやチームコミュニケーションなど様々な内容についてワークショップ形式で学びます。彼らはその研修で学んだ事をチームの人間に伝えていきます。講師は私が選びますが、開催日程などはマネジャーが自主的に話し合っています。

これらの研修をもとに、マネジャーやリーダーはマネジメント能力で評価しています。単にチームとして結果を出せているかだけではなく、自分のチームが楽しく、ワクワクして働けているかどうかも評価基準になります。会社を設立して3年近く経ちましたが、会社を支えるような人材がようやく育ってきました。


何事も自分事として捉える社員が増えた

Q. 社員やマネジャーを育成した結果、どのような変化がありましたか。

一番の変化は、何か問題があった際に社員が言い訳をしなくなったのです。創業当初は問題の原因を顧客や他人のせいにする社員もいましたが、今は問題を自分事として捉え、行動を起こす事ができる人材が増えてきました。今では、言い訳をするマネジャーはほとんどいません。メンバーはそれぞれの責任と役割がありますが、私はいつも社員に「どんな事があっても、失敗したら必ず自分のせいにする」ように伝えています。

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私達は、自分のことは変えられる可能性がありますが、他人を変えることはできません。だから、全部自分のせいにすることで必ず解決策は見つかるし、どうすれば解決できるかを自然に考えられるようになります。反対に人のせいにすれば、自分で考えることがなくなるので問題を解決できません。私はこの考え方で物事を捉えれば、自分の人生を変えることができ、最終的に成功する人生になると信じています。この考え方は社員に絶対理解してもらいたいことなので、個人個人が実行できるレベルになることを目指しています。そういった意味で、言い訳をしなくなった社員が増えたことは、私にとって非常に嬉しい結果です。

また、お客様との関係にも変化がありました。自分事と捉えることで、仕事への働く姿勢、心構え、考え方の質が向上した結果、ただ案件をこなすのではなく、自発的にお客様に対してチームで提案できるようになりましたし、お客様から信頼を得て、継続して行う案件が増えてきました。


「知識×体験」が「経験」になり、人の魅力になる

Q. 今後社内のマネジャーに必要なのはどのようなスキルだと思いますか。

人の上に立てば立つほど、人を惹きつける魅力的な人間になることが必要なので、そのために社員には様々な体験をする機会を与えています。人としての魅力は良いエネルギーによって生じるので、自分が良いエネルギーを発生することで、より多く優秀なの人材を巻き込む事ができます。良いエネルギーは良い考え方、良いオーラを持つ人材から放たれるので、様々な経験を積まなければいません。

現在、社内の思想を作り直し、「経験」とは何かを再定義していますが、私が定義する経験は「知識×体験」で、掛け算して初めて経験になります。たとえ10年経験を積んだという人がいても、インプットなしで同じ体験を繰り返していれば、自分を成長させる「経験」とは呼べません。逆に、知識だけで体験がなければ、本当に活用できる知識ではありません。

自分の言葉で語ることを大切にしている背景には、知っただけの「概念」を、自分の言葉で話すことで「知識」に落とし込むことがあります。自分の言葉で何度も何度も言う事で、いつの間にかそれは自分のものになります。私は社員によく、自分を変えたければまず考え方を変えることが重要だと伝えます。良い考えをインプットできれば、それを行動に移すことができます。それを繰り返すことで習慣になり、それが自分の性格になり、自分の人生になります。どんな人間でも変われることを社員の育成を通して実感しています。


魅力的な人が集まる魅力的な会社で人のためになるサービスを作る

Q. ホアンさんは今後、会社として何を成し遂げたいですか。

将来的には、オフショア開発だけでなく、自社で世の中で役に立つサービスを提供したいです。元々起業したのも、オフショア開発ではなく、たくさんの人に使われるサービスを作ることが目的で、その思いは今も変わっていません。創業から今までの間に開発の基盤を作ることができました。今後は会社を支える人材が育ってくるので、その時のためにどういったテクノロジーが人のためになるかを考えています。10年後は、誰もが知っている有名なサービスを運営する社員が自社にいるのが理想ですね。

そのために、会社の理念を体現する人材を育成し、会社を支える人材が活躍できる環境を整えていきたいです。私達の会社はまだまだ若いので、人を軸に成長することが重要なポイントです。会社は人の集まりなので、魅力的な人材を育てることで、より魅力的な会社にしていきたいですね。




会社の単なる成長ではなく、ホアン氏が本気で社員を思い、社員を信じ、社員の幸せを願い行動し続けた結果が、アジアンテックの「全てを自分事として捉え、行動する」組織文化です。その結果会社としても成長し、顧客との信頼関係にも繋がっています。制度はすぐに変えられませんが、自分のマインドセットや他人に対する姿勢は意識さえすれば変えることができます。アジアンテックの社員のように、当事者意識を持ち結果を出すことができる人材がこれからの組織の要になるのかもしれません。