キャリアとしての成功、組織としての成功(前編)

株式会社パソナテック執行役員 粟生 万琴 (あおう まこと)氏

ITの急速な発展と世界中の労働市場の劇的な変化により、働く人と会社の関係性は変化しつつある。将来の労働市場が、私たちが今まで経験したことのないものだとすれば、何が仕事で成果をもたらすのだろうか。自分自身か、あるいは自分が所属するチームなのか。両者はそれぞれに影響を与えあっているのは自明だが、結果を出す個人の経験や考え方、あるいは組織のあり方には何かしらの共通点があるはずだ。今回は株式会社パソナテック唯一の女性執行役員である粟生 万琴(あおう まこと)氏の経験から、結果を出し続ける個人と組織について話を伺った。


パソナグループ本部

東京駅近くにあるパソナグループの本部は外も中も緑に囲まれている。取材時には天井になっているウリの収穫も行っていた。

パソナグループの企業理念「社会の問題点を解決する」の下、エンジニアの派遣や転職支援、アウトソーシングを行っているパソナテック。同社は、まだITが世の中に浸透していない1994年から、テクノロジーの可能性を最大限に引き出すことのできる人材を「HUMANWARE®」と名付け、その育成や活躍の機会を創造してきた。現在その事業は、地元企業や官公庁と連携した地域活性やASEANを中心とした海外事業など多岐に渡る。


そのパソナテックで、女性執行役員として活躍しているのが、今回話を伺う粟生 万琴氏だ。エンジニアのバックグラウンドを持つ彼女は、「エンジニアとクリエイターの未来の働きかたを創る」を掲げ、地方自治体や企業と共にIT人材の育成事業に取り組んでいる。現在は、エンジニアとクリエイターの働く場所を増やすために、地方への拠点展開事業(岐阜Lab,名古屋Lab、佐賀Lab)とJob-Hubというクラウドソ−シング事業の2つに注力している。 7年間エンジニアとしてキャリアを積み、転職後は営業拠点やWEB関連の事業の立ち上げを行ってきた彼女は、一児の母でもある。自身も転職、子育て、役職の変化を経験し、国内だけでなく海外拠点でも女性社員からキャリアについて相談を受けることが多いという彼女。そんな彼女に、自身の体験をもとに考える『自分で描くキャリア』と『組織の力を最大限に引き出すチームのあり方』についてインタビューした。


自分で描くキャリア

現在パソナテックで執行役員を務める粟生氏は、最初はエンジニアとして自身のキャリアをスタートする。その最初の転換期は、入社後4年目に訪れた自分が技術を身につける機会の限界にあった。

「最初の会社を辞めた理由は明確で、同期の男性の方が先にコアプロジェクトに配属されていたんです。私も若いうちに早い段階からコアプロジェクトに配属されたいです、と手をあげてたんですが、当時の課長や部長に、『女性なんだから、そんな無理しなくてもいい。ゆっくりやりなさい』と言われ、比較的楽な、パッケージSEとしてあるプロジェクトに配属されていました。私は20代のうちにサーバー技術やフロント技術等、あらゆる技術を早く身に付けたいと思い比較的小規模でチャンスの多い会社に転職しました。」

転職した彼女はその後、データベースを活用したCRMの新規事業の立ち上げを経験する。20代後半のキャリアチェンジで、目一杯働いて技術を身に付ける環境は手に入ったものの、度重なる出張とハードワークで、継続的に働き続けることが困難だと思ったそうだ。

「実は転職したての時に、結婚もしました。最初は良かったんですが、当時夫は横浜、私は大阪で、週末婚のような状態が続いていました。なので、この先この生活を続けるのは、結婚生活を継続する上でも、体力的にも自信がなくなりました。」


パソナテックは女性が活躍する「不動のHUMANWARE®カンパニー」

その後の転職活動での彼女は、『キャリアは積めるが、ワークライフバランスが図れる場所』を探し、今のパソナテックに出会う。転職活動中に希望とは全く異なる人材会社を紹介され、最初はかなり戸惑ったという。しかし、女性活躍推進の機会を残しつつ、IT・技術系に特化し、常に新しいことに挑戦している人材会社であることを知った彼女は、面接で当時の社長の森本 宏一氏と運命の出会いをする。

受付担当のPepper

パソナグループ本部の受付では、感情認識ロボットのPepper君が出迎えてくれる

「森本はパソナ内で、1994年にWindowsレスキュー、1996年に Macレスキューという事業部を立ち上げました。そして、ITの進化に伴い今後日本でもITエンジニアやクリエイターがたくさん必要になることを予測し、育成に注力してまいりました。 森本が語った、『パソナテックが単なるIT業界でHardware, Softwareだけでない、不動のHUMANWARE®カンパニーなんだ』というビジョンを聞いて、この会社は面白いと衝撃を受けました(笑)。 結果、森本に惹かれて、入社を決めました。


入社後は新規で営業拠点を次々と手がけていった彼女。家庭と仕事のバランスを考え、ワークライフバランスが図れる場所を求め転職したものの、実際はかなり働いていたというが、それに気付かないほどのめり込んでいたそうだ。当時を楽しそうに振り返りながら、彼女は語る。

「ハードワークって気づかなかったんですよ(笑)。常に納期に追われる仕事と違って、事業を作っていくということがものすごく楽しくて。一生懸命働いてました(笑)。一緒に働いていたチームは、家族みたいでした。」


夫の転職がきっかけで気付いた、経済的に自立することの大切さ

なぜ、彼女はここまで貪欲にキャリアを積み、彼女の言う「ものすごく楽しい仕事」を手に入れることができたのだろうか。彼女はこう語る。

「私、自分で選んで、自分で行動して、自分で成果を出すことが向いてるかなと思うんです。最初は全然”バリキャリ”になるつもりじゃなくて…。技術的にはフルスタックでいきたいけど、あくせくは働きたくなくて。学生時代にビジネスをしていたり、父親が脱サラで起業したこともあって、楽して生きていけないかなと思ってました。」

その彼女の思考は、結婚直前のある出来事によって変わることになる。

「起業家志向の方とお付き合いしたんですが、皆さん志が高くて夢もあるので、私も自分の夢を追いたいと思うようになりました。経済的に楽したいという甘えた思いはあったんですが、一人娘というのもあり、自分の思うように行動したかったんですね。それで会社員の夫と結婚したんですが、夫自身もキャリアチェンジをすることになって。そこでやっぱり人生何があるかわからないから、私自身経済力を持っておきたいなと、夫の転職をきっかけに思うようになりました。」

その”力”を身につけるべく、彼女はパソナテックで数ヵ所の営業拠点を立ち上げに尽力し、2007年からは、パソナグループのジュニアボードの一員として新規事業を立案する機会を得る。


キャリアの転換期をポジティブに繋げる秘訣は、「人と比較しないこと」

彼女のキャリアは見る人から見れば、波乱万丈と言えるかもしれない。様々なキャリアの転換期を経てきた彼女。そんな彼女は自身のキャリアをどのように捉えているのだろうか。

「キャリアの転換期は自分自身を見つめ直す良い機会で、その都度振り返ることが大切です。しかし、普段の生活の中では、『キャリアの棚卸し』をする機会があまりないと思います。だから、転職やライフイベントのように何かがきっかけで、自分の人生を見つめ直す機会は必要で、それをポジティブに繋げてきたというのが、私のキャリアの特徴だと思います。」

粟生氏は自分の過去を明るく、笑いながら振り返る。しかし、仕事の限界に直面したり、家庭と仕事のバランスで悩んだり、結婚相手がキャリアチェンジするといった経験は、一般的にはハードルが高く困難だ。それを乗り越える、彼女の強さは一体どこにあるのだろうか。

「この前、ある経営者に言われて気付いたことがあって。ベースがポジティブっていうのもあるんですが、『粟生ちゃんって人と全然比較しないよね』って言われたんです。あんまり他人と比べて自分がどう見られてるのかって、全然気にならないんです。人は人、自分は自分、と考えるようにしています。考え方が人に左右されないんですよね。」


周りにどう見られるか気にしない、「自分のキャリアは自分で描く」

彼女いわく、これはキャリアを積む過程で形成されたものではなく、元々の性格だという。

「幼少期から環境の変化が多く、転居、転校、遠方への通学を経験したので、新しい環境に全く抵抗がなくて。だから外国の人も、転居も、もちろん転職も全然気にならなくて。多くの人は新しいところに飛び込むのを怖いって言いますが、私はこの恐怖を全く感じないんです(笑)。」

なぜ、彼女は新しいことに対して恐怖心を持たないでいられるのだろうか。

「新しいものをなんで怖がらないか考えたときに、周りにどう見られるかを全然気にしない点が大きいと思います。むしろ、失敗するのは、『失敗できた、選ばれた人生なのかな』って思います。他の子育て中のお母さんと比べて自分はどうだとか、他の働く女性と比べてどうだとか、全然人と比較するカルチャーが自分の人生にないので。『自分の人生は自分で描く』って決めてるんです。海外で働く人もそういった方が多くて、みんな自分の人生と自分の家族をすっごく大事にしています。」


やりたいことを発信することで、その機会を引き寄せる

彼女がいう、自分でキャリアを描くとは、一体どういうことなのだろうか。

「常にやりたいことを発信しています。そうすると誰かが叶えてくれる。3年後に半分くらいは実現できそうなことを言ってます。例えば、『新聞のコラムを書きたい』と言ったことがありましたが、幸いにして連載の企画を頂くことがありました。」

そんな彼女が今後やりたいこととは

「知人で、サンデースクランブルのコメンテーターをやってる女性の経済ジャーナリストがいます。ミーハーですが、私もIT分野における女性コメンテーター的な立場でテレビに出てみたいです(笑)」



取材中、彼女は苦しい経験をした話でも、常に笑顔で明るく答えてくれた。そこに彼女の強さが垣間見える。他人に捉われることなく、自分が楽しいと思うことに全力でのめり込む。定期的に立ち止まり、自分の人生を見直して、明日への活力にする。自分のやりたいことを明言し、その機会を引き寄せる。これが粟生氏らしい『自分のキャリアの描き方』である。

パソナテック ホームページ


明日は、後編として粟生氏が働く、パソナテックの『人を活かし、人を育てる組織』について紹介します。